李煜『相見歓・無言独上西楼』暗唱してみた|全文・ピンイン・意味と「一般」「一番」の違い

李煜『相見歓・無言独上西楼』 中国語
李煜『相見歓・無言独上西楼』

今回、TLIの中国語マンツーマンレッスンで暗唱の宿題に出されたのは、南唐最後の皇帝・李煜(Lǐ Yù)の『相见欢・无言独上西楼』です。

国を失い、囚われの身となった李煜の孤独と、言葉にできない哀愁が込められた、美しい詞です。

そして、今回は普段のリアル授業ではなく、初めてZoomを使ったオンラインレッスンにしていただいたのですが、なんと私、開始時間を1時間勘違いする大失敗! 事務局からのお電話で気づき、大慌てでZoomにつなぐところから始まりました。

「梧桐」という言葉から上海の秋の風景がよみがえったり、AIで予習した原文と先生が教えて下さったのが違っていたことがきっかけで調べ直したりと、今回も学びの多い授業になりました。

この記事では、李煜『相見歓・無言独上西楼』の4コマ漫画・全文・ピンイン・意味と、オンラインレッスンの失敗談や、暗唱を通して気づいた「一般」と「一番」の違いについてご紹介します。

みなと
みなと

PCの前で一生懸命予習していたのに、すでに授業は始まっていたという……。先生、TLIのスタッフの方、本当にすみません!

李煜『相見歓・無言独上西楼』とは

《相见欢・无言独上西楼》は、五代十国時代の南唐最後の皇帝・李煜(937~978年)が詠んだ「詞(cí)」です。

「詞」とは、もともと音楽の旋律に合わせて作られた韻文のことで、『相見歓』はその曲の形式を表す「詞牌(cí pái)」の名前です。

みなと
みなと

これまで暗唱してきた『水调歌头』『一剪梅』というのも詞牌の名前です。

ちなみに3作品は以下の通りです▼

詞牌名 今回までに暗唱した作品
水调歌头 苏轼《明月几时有》
一剪梅 李清照《红藕香残玉簟秋》
相见欢李煜《无言独上西楼》

作者の李煜(937~978年)は、文学や音楽、書画の天賦の才が高く評価されていますが、皇帝としては宋に敗れ、975年に国を失いました。

『相見歓・無言独上西楼』は、李煜が宋の都・汴京(現在の河南省開封市)に連行され、囚われの身となってから詠んだ詞とされています。

ひとり楼閣に上り、空に浮かぶ細い月を眺める。庭には梧桐(アオギリ)が立ち、冷たい秋の気配が漂っています。

そして、断ち切ろうとしても断ち切れない、整理しようとしても整理できない心の中の愁い。

わずか36文字の中に、国を失った皇帝の孤独と、言葉では言い尽くせない悲しみが込められています。

4コマ漫画で見る『相見歓・無言独上西楼』の情景

情景をイメージしやすいように、AIで4コマ漫画を作ってみました。

相见欢/无言独上西楼
『相见欢・无言独上西楼』

ずいぶん若い李煜ですが、憂いをたたえた亡国の皇帝の孤独な姿です。

李煜『相見歓』全文・ピンイン・意味

李煜《相见欢・无言独上西楼》 の原文・ピンイン・日本語の意味を並べてご紹介します。

今回は、TLIの先生に教えていただいた「一番」の表記を採用しています。

《相见欢・无言独上西楼》李煜
Xiāng Jiàn Huān · Wú Yán Dú Shàng Xī Lóu Lǐ Yù

无言独上西楼,月如钩。
Wú yán dú shàng xī lóu, yuè rú gōu.
何も語らず、ひとり西楼に上ると、空には鉤(かぎ)のように細い月が浮かんでいます。

寂寞梧桐深院锁清秋。
Jì mò wú tóng shēn yuàn suǒ qīng qiū.
ひっそりと立つ梧桐(アオギリ)。奥深い庭には、もの寂しい秋の気配が閉じ込められています。

剪不断,理还乱,是离愁。
Jiǎn bú duàn, lǐ hái luàn, shì lí chóu.
切ろうとしても切れず、ほどこうとしても、ますます乱れてしまう。それは、別れによる深い悲しみです。

别是一番滋味在心头。
Bié shì yì fān zī wèi zài xīn tóu.
それは、ほかの何とも違う、言葉では言い表せない特別な思いとして、心の奥に残っています。

※最後の一節は「别是一般滋味在心头(Bié shì yì bān zī wèi zài xīn tóu)」とする本文もあります。この違いについては、後半で詳しくご紹介します。

暗唱するなら、この三か所を味わいたい

无言独上西楼,月如钩

无言独上西楼,月如钩

「无言(無言)」「独(ひとり)」「月如钩(鉤のような月)」という短い言葉の中に、ひとりぼっちの李煜の姿が浮かび上がります。

「钩(gōu)」は、先端が曲がった鉤(かぎ)のことで、ここでは細い三日月を表しています。

何も語らず、たったひとりで楼閣に上り、夜空を見上げる。

かつて皇帝だった李煜が、国を失い、囚われの身となって、この月を眺めている。なんとも切ない光景です。

寂寞梧桐深院锁清秋

寂寞梧桐深院锁清秋

「寂寞(jìmò)」は、ひっそりとして寂しいこと。「梧桐(wútóng)」は、日本語ではアオギリと呼ばれる木です。

そして、印象的なのが「锁(suǒ)」の一文字。

日本語の「鎖」と同じで鍵をかける、閉じ込めるという意味があります。

奥深い庭に、冷たく澄んだ秋の気配が閉じ込められている。

この「锁」の一文字が、自由を失った李煜自身の姿と重なって感じられます。

ちなみに「梧桐」と聞いて、私の頭に浮かんだのは、上海の秋の風景でした。このあとご紹介します。

剪不断,理还乱,是离愁

剪不断,理还乱,是离愁

「剪(jiǎn)」はハサミなどで切ること。「理(lǐ)」には、もつれたものを整えるという意味があります。

切ろうとしても切れず、ほどこうとしても、かえって乱れてしまう。心の中の悲しみを、まるでもつれた糸のように表現しています。

「离愁(lí chóu)」は、別れによって生まれる深い悲しみのこと。

李煜の場合は、人との別れだけではなく、失ってしまった国への思いと重ねて読むことができます。

そして最後の、

别是一番滋味在心头。

ほかの何とも違う、言葉では言い表せない思いが心の奥にある……。

悲しい、寂しい、悔しい…といった、どれかひとつでは表現しきれない複雑な感情です。

みなと
みなと

この最後の一節について、私がAIで調べて暗記した原文と、暗唱発表後に先生に教えていただいた原文が一文字違っていて、先生からご指摘いただきました。あとで詳しくご紹介しますね。

梧桐からよみがえった上海の秋の記憶

今回の詞に登場する「梧桐(wútóng)」という言葉を聞いた瞬間、上海での秋がよみがえりました。

中でも、上海・衡山路(Héngshān Lù)のプラタナス並木がバーッと脳内再生されました。秋になると、プラタナス並木が見たくて子どもを連れて衡山路をそぞろ歩きしていました。

衡山路のようなおしゃれなストリートではないのですが、上海で住んでいた近所にはイチョウ並木があり、黄色く色づいた葉や地面に落ちた銀杏の実、独特の匂いまで……。一気に記憶が呼び覚まされました。子どもがまだ小さい頃、そこに穴が開いているとのぞいてみたくなるのが人情でして…

上海の銀杏並木
マンホールのフタはどこに? とある上海の銀杏並木。

そんな風に郷愁に浸りつつ、調べてみますと、プラタナスは中国語で「法国梧桐(fǎguó wútóng)」で、李煜の詞に登場する「梧桐」は、日本語では「アオギリ」という名前の木とのことでした。

名前が似ているので、同じ木だと思っていましたが、まったく別の木だそうです。あら~。

左:プラタナス(法国梧桐)、右:アオギリ(青桐)
左:上海衡山路のプラタナス(法国梧桐)、右:日本のアオギリ(青桐)
みなと
みなと

木は別物でしたが、イメージとして浮かんだのは、この写真にあるような葉っぱの形状でした。中国生活の記憶がよみがえってくるのが漢詩のすごいところだと思いました。

暗唱の途中経過

今回は、オンラインレッスンにしたので、教室まで出かける必要がありません。レッスン直前まで、自宅のパソコンの前で、何度も練習できるのはありがたいところです。

李煜『相见欢』の練習録音

移動時間もかからないし、直前まで予習できるし、オンラインって便利!……と思っていたのですが、これが大失敗の元でした。

いざ、オンラインレッスン!開始時間を間違えて、大慌て。

私のマンツーマンレッスンは、お昼12時~14時の2コマです。

なのに、中国語以外で時々利用しているオンライン講座は、だいたい午後13時~15時なので、私の体内時計はすっかり「オンライン=13時開始」になっておりまして……。

自分の過ちにまったく気づかず、パソコンの前で黙々と予習を続けていると、突然スマホが鳴りました。

TLI事務局からのお電話です。

「こんにちは~、いつもお世話になっております。」

時計の針は12時15分。ようやく事態を理解しました。

「わ! すいません。勘違いしてました!」

すぐさまZoomに接続。先生を15分もお待たせしてしまいました……。

パソコンの前で遊んでいたわけではなく、真面目に暗唱の予習をしていたというのが、なんとも情けないところです。トホホ……。

気を取り直してオンラインレッスン開始です。

今回も、スマホのボイスメモで私の暗唱部分を録音させていただきました。やはり、流れるようには暗唱できませんでした。

Zoom越しに宿題の『相见欢・无言独上西楼』の暗唱を録音します。

焦ってバタバタだったというのもあって、自己採点30点です。先生、すいません。

さて、今回はオンラインレッスンなので、先生はZoomの画面にホワイトボードを表示して、説明しながら文字を書き込んでくださいました。

これがとても分かりやすい!

ただ、ホワイトボードを大きく表示すると、先生と私の顔は画面の隅に小さく映るだけになります。

先生の表情や、ちょっとした反応を見ながら会話できる対面授業に比べると、やはり臨場感は今ひとつ。

Zoomのオンラインレッスンはこんな感じ。
Zoomのオンラインレッスンはこんな感じ。

文字を見ながら説明を受けられる便利さと、直接顔を合わせて学ぶ楽しさのそれぞれの良さを改めて感じた、今回のオンラインレッスンでした。

みなと
みなと

先生、心配して下さったスタッフの方、申し訳ありません。またオンラインをお願いする時は肝に銘じます、アラームセットします。

先生からの指摘。「一般」ではなく「一番」?

テレサ・テンさんの歌う『相见欢・无言独上西楼』は「一番」と言っています↓

鄧麗君 Teresa Teng テレサ・テン – Official YouTube Channelより

課題の『相见欢・无言独上西楼』は、AIを使って原文・ピンイン・日本語訳を調べ、暗唱したり、自分なりに深掘りしていました。

ところが、レッスン最初に暗唱した時、最後の一節について、先生からこんな言葉が。

「一般(yì bān)ではなく、一番(yì fān)ですよ」

えっ? 一番ですか?

私がAIで調べた原文には、「一般」と書かれていました。

别是一般滋味在心头。

先生に教えていただいたのは、こちら。

别是一番滋味在心头。

たった一文字ですが、ピンインも「bān」と「fān」で違います。

先生と一緒に百度や画像検索で書画を見たところ、先生がおっしゃった「一番」の文字もたくさん出てきました。

どうも「一般」と「一番」の両方の表記が伝わっているとのことで、AIが提示した「一般」も、先生がおっしゃった「一番」も正しいということになります。
▶李煜『相見歓・無言独上西楼』原文・訳・解説(古詩集:原文に「一般(一作:一番)」と記載)

先生がこの詞を学ばれたときには、「一番」と記された本文に親しまれていて、それが沁み込んでいると仰っていました。

先生と実際に声に出して読み比べてみました。

  • 一般(yì bān)
  • 一番(yì fān)

私も「一番(yì fān)」の方が、なんとなく響きが良くてしっくりきました。

みなと
みなと

文字を目で追うなら、あまり気にならない違いが、声に出してみると、音の響きに意識が向かいます。面白いですね。

今回、AIで予習した原文と先生のご指摘のおかげで、自分でも調べ直して深掘りできました。AIは便利な相棒ですが、先生とのやり取りから得られる発見は格別です。

まとめ

今回の李煜『相见欢・无言独上西楼』は、国を失った皇帝の孤独や哀愁に触れながら、「梧桐」から、上海の秋の風景がよみがえる、思い出深い暗唱課題となりました。

オンラインレッスンの開始時間を勘違いしてしまった大失敗と、先生から教えていただいた「一般」と「一番」の違いから、言葉の響きの味わいを改めて感じました。

みなと
みなと

AI学習はとても便利ですが、先生のレッスンは山よりも高く海よりも深かったです。

私が通っているTLIについては、実際に受講した体験をこちら↓でまとめています。

▶【TLI体験記】東京校でレッスン開始!中国語歴25年以上の私が初回授業で感じたこと

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