今回、TLIの中国語マンツーマンレッスンで暗唱の宿題に出されたのは、唐代の詩人・張継(Zhāng Jì)の『楓橋夜泊(枫桥夜泊)』です。
蘇州の寒山寺を舞台にした、日本でもよく知られている漢詩です。
先生も私も寒山寺に何度も行ったことがあるので、詩の風景からの王羲之の「蘭亭」の話など、話に花が咲きました。
今回は聞いたことのある詩で、情景も思い浮かべやすかったので暗唱もすんなりできましたが、なんとその後に先生からまさかの提案。そして見事に撃沈。不意の攻撃に白旗全開でした。
今回の記事では、張継『楓橋夜泊』の4コマ漫画・全文・ピンイン・意味とともに、実際の暗唱録音、シニアになって気づいた「音と記憶」の相関関係についてご紹介します。

情緒や郷愁ポイントが先生とすごく似ていて、毎週のレッスンが楽しくてたまりません。
張継『楓橋夜泊』とは
《枫桥夜泊》は、唐代の詩人・张继(Zhāng Jì)が詠んだ七言絶句です。七言絶句とは、一句が7文字で構成される、全部で4句・28文字の漢詩のことです。
詩の舞台は、現在の中国・江蘇省蘇州市にある楓橋と寒山寺の周辺です。
旅の途中、蘇州の城外に船を泊めた詩人が、眠れない夜に見た景色と、遠くから聞こえてきた鐘の音を詠んでいます。
月が沈み、烏が鳴き、冷たい夜空の下、漁火が揺れる。静まり返った夜に、寒山寺の鐘の音が響く…という、たった28文字で、江南の水郷の夜景色と、旅人の寂しさを描いているところが魅力です。

「柿食えば鐘がなるなり法隆寺」を船の上で感じているような情景ですね。
4コマ漫画で見る『楓橋夜泊』の情景
今回も、描かれた情景をイメージしやすいように、AIで4コマ漫画を作ってみました。

何度も修正を入れると、かえって変になってくるので、これで完成形にします。
おそらく、3コマ目と4コマ目はもっと暗く、夜の闇の中に寒山寺の建物がぼんやり浮かび上がるような光景を脳内再生していただけると幸いです。
張継『楓橋夜泊』全文・ピンイン・意味
张继《枫桥夜泊》の原文・ピンイン・日本語の意味を並べてご紹介します。
《枫桥夜泊》张继
Fēngqiáo Yèbó Zhāng Jì
月落乌啼霜满天
Yuè luò wū tí shuāng mǎn tiān
月が沈み、烏が鳴き、夜空いっぱいに霜が降りたかのような冷たい空気が漂っています。
江枫渔火对愁眠
Jiāng fēng yú huǒ duì chóu mián
川岸の楓と漁船の灯りを眺めながら、旅の愁いを抱えて眠れずにいます。
姑苏城外寒山寺
Gū sū chéng wài Hán shān sì
蘇州の町の外れにある寒山寺から、
夜半钟声到客船
Yè bàn zhōng shēng dào kè chuán
真夜中に鳴らされた鐘の音が、旅人の乗る船まで届いてきます。
暗唱するなら、この三か所を味わいたい
月落乌啼霜满天
月落乌啼霜满天
「月落」「乌啼」「霜满天」の7文字の中に、「月」「カラスの鳴き声」「冷気」という三つの要素が描かれています。
江枫渔火对愁眠
江枫渔火对愁眠
「江枫」は川岸の楓の木を指しますが、寒山寺近くの「江村橋」と「楓橋」という二つの橋を指すという説もあります。
暗闇に浮かぶ漁船の灯りと、眠れない旅人の姿。
「江枫」「渔火」という目に見える景色から、「愁眠」の二文字で、詠み人の寂しい内面へと移っていくところが印象的です。
夜半钟声到客船
夜半钟声到客船
「夜半鐘声」については、昔から夜中に鐘を鳴らす習慣が本当にあったのか、議論されていますが、当時の寺院には夜半に鐘を鳴らす習慣があったという説もあります。
いずれにしても、静まり返った夜の水郷に響く鐘の音が、旅人の寂しさを一層際立たせているように感じます。

私は大晦日の紅白歌合戦のあとの『ゆく年くる年』の除夜の鐘、のようなイメージを抱きました。
寒山寺の風景と鐘の音。先生と共感しまくった記憶

『楓橋夜泊』に登場する蘇州の寒山寺には、過去何度も行ったことがありまして、空気感や周辺の水路、凍てつく寒さや、参観者の方々の喧騒がよみがえってきます。
↑お寺の外壁は黄色で、五重の塔までは結構登ること、日本の侘び寂びとはまた違う味わいがあることなど…
上海ご出身の先生も、寒山寺には何度も訪れたことがあるとのことで、若い頃に行った記憶と、今(先生は私の5歳下)行った感覚の違いなど、通じるものばかりで話に花が咲きました。
今回の暗唱がやりやすかったのは、これまでの宿題と比べると詩自体が短かったのと、『楓橋夜泊』が有名な漢詩で、日本語の書き下し文も一般的なことだからということもありますが、何より自分自身の記憶と結びついたことが大きいと思います。

私は夢破れて寒山寺に行ったわけではありませんが、子どもが小さい時に一緒に登った記憶や、一人で訪れた時の寒々しい記憶など、四季折々の光景がよみがえってきました。
暗唱の途中経過
今回も、練習の途中経過をボイスレコーダーに残しました。これは、レッスン直前に、TLIが入っている「日比谷国際ビル」の滝の近くで録音したものです。水音が聞こえます。

お昼休みで、近くで和んでいらっしゃる方もいる中、すいません、こんな感じで漢詩を暗唱しております。決して怪しい人ではありません。
いざ、先生の前で暗唱+録音付き
そして今回も、先生の前で暗唱した音声を録音しました。毎回恒例なので、もう慣れてもいい頃なのですが、私ときたら、やっぱり緊張してしまいます。
今回も隣の教室ではオンラインレッスン中でした。隣の教室の先生の声を耳がキャッチしてしまい、暗唱途中で一瞬止まってしまいました…。集中力の欠如です。

私は12:00~14:00の2コマ受講しているのですが、会社のお昼休みを利用して12時からオンラインレッスンされる方が多いようで、レッスンの最初の暗唱タイムはお隣の教室でもレッスンしているという光景がよくあります。
暗唱した後に、さらなる試練が待ち受けていた!
さて、今回の『楓橋夜泊』は、隣の先生の声を聞いてしまって一瞬止まりはしたものの、暗唱自体は問題なしでした。ただ発音がベタですね~。治りません汗
発音では、「楓」が「fong」に聞こえるので、もっと「‐eng」を意識するようにと、最後の「种声」の「zhong」が「zheng」になっちゃったね。とアドバイスいただきました。「u」の発音「姑苏」は、めっちゃ意識したので、おおむねOKと言っていただけて「よっしゃ」とガッツポーズだったのですが、な、なんと先生から思いがけない課題が出されました。
「これまでに覚えた五首を、1フレーズずつ私と交互に言ってみましょう」
えっ、今までの5首ですか?
「不行、不行、不行、不行……」ムリです、無理です、絶対ムリ…
私の激しい動揺などお構いなく、先生が「明月几时有(ミンユエジーシーヨウ)」とスタートを切られました(笑)。
仕方なく後に続きましたが、ボロボロ…全く二の句が続かず、見事に撃沈です。
レッスン中は緊張していた上に、突然だったからかも?と思い、家に帰ってからも過去の5首を言ってみようとしましたが、やはり1週間前、2週間前の詩が本当にまったく出てきませんでした。

ただし、メロディーのある『明月几时有』(フェイウォン(王菲)さんの『但願人長久』)は、歌の最初から歌えばズラズラっと歌詞が出てきました。
毎週、全身全霊で宿題の詩を覚え、レッスンが終わって帰宅したら「お疲れ~私」と家じゅうに貼った詩の紙を剥がして破り捨てる勢いで、この1か月駆け抜けてきました。
苦労して覚えたはずなのに、暗唱の宿題をクリアしたところで、記憶もクリア。これこそ1週間限りの超ド短期記憶。完全に試験対策の暗記法で、まったく定着してませんでした。
これでは、毎週新しい詩を覚えても、古い詩から(というか一瞬にして全部ですが)忘れていっています。暗唱できたという達成感と、いつでも思い出せるということは、まったく別なのだと痛感しました。トホホ…。
何十年も前の中国語が、突然口をついて出てくる
そうかと思うと、レッスン中に不思議なことがあります。
つい1週間前に覚えた詩は思い出せないのに、先生と話していると、何十年も前に覚えた中国語が、突然、口をついて出てくるのです。
例えば、以前、上海戯劇学院の留学生班で暗記した朱自清の散文『春』の「盼望着,盼望着,东风来了,春天的脚步近了」や
中国語通訳案内士の試験対策で通っていた目白の学校で、宿題として覚えた文章の一節「拾金不昧的红领巾」などなど。
先生と話している途中、何かの言葉や話題がきっかけになって、当時暗記した中国語が、もう本当に突然よみがえってきて、先生が「そうそう、それそれ」と説明を続けてくださいます。
こういう時の私は、漢字が頭の中で浮かんでくるのではなく、文章を目で追っているような感覚でもありません。音で出てくるのです。
昔覚えた歌のメロディーは忘れないのと同じで、一つのフレーズが出てくると、その先も芋づる式に続けて出てきます。
ここで、ふと思いました。もしかしたら私は、中国語を文字として覚えるより、音として覚えるほうが得意なのでは?と。
シニアの漢詩暗唱、鍵は「音の記憶」かもしれない
最近、視力の低下に比例して眼精疲労がひどく、長い時間、本を読むことが辛くなってきたので、今は読書のほとんどをAmazon Audible(オーディブル)の「聴く読書」に切り替えているのですが、これが思いのほか快適で、耳で読むのがすっかり日常になっています。
2年前の大河ドラマ『光る君へ』の影響で、『源氏物語』を読みたかったのですが、紙の本では挫折、その時オーディブルを教えてもらって、耳読で『源氏物語』を2周しました。
その時の様子はこちらから
▶『源氏物語』をオーディブルで400時間聞き続けたら白まひろと黒まひろに会えた話
ちょっと脱線しましたが、思い起こすと、中国語もラジオや歌を聞くのが好きだったりして、長年、耳から多くのことを吸収してきたように思います。
今回の『楓橋夜泊』は、行ったことのある場所+4コマ漫画情景を思い浮かべることで、すんなり暗唱できましたが、2週間先も同じように暗唱できる自信はまったくありません。
時間がたっても思い出せるようにするには、私の場合「視覚情報」からだけでは足りないのかもしれません。
今後は、漢字と情景だけでなく、正しい発音の朗読を何度も聞いたり、自分の声を録音して繰り返したり、耳で聞いて、口で言って、また耳で聞く。の反復練習で、短期的な暗唱が長く残る記憶へと変わっていくのかもしれません(あくまで私の場合)。
もちろん、まだ仮説の段階ですが、年齢とともに暗記が苦手になったと感じる私に、これは起死回生のチャンスになるかもです。これからの漢詩の暗唱が、また少し楽しみになってきました。

まとめ
今回の張継『楓橋夜泊』は、馴染み深い寒山寺の風景と鐘の音を思い浮かべながら、比較的すんなり暗唱できました。
その反面、以前覚えた漢詩をすっかり忘れていて、記憶を定着させることの難しさを痛感しました。先生の提案が本当に心憎く、ありがたい限りです。
そんな中で、何十年も前に覚えた中国語が今も音として残っていることに気づき、これからは「耳で覚える」ことも大切にしてみようと思います。

60歳になってからの中国語学習。自分に合う方法を探す旅に出ちゃいます。
私が通っているTLIについては、実際に受講した体験をこちら↓でまとめています。


