蘇軾『明月几时有』を暗唱してみた|26年前の私と今をつないだ中国語の宿題

蘇軾『明月几时有』の意味・ピンイン|暗唱してみた 中国語
蘇軾『明月几时有』の意味・ピンイン|暗唱してみた

中国語を学び始めた26年前、意味がよく分からないままにメロディーだけ味わっていた歌があります。

王菲(フェイ・ウォン)が歌う『但願人長久』です。

この歌は、約900年前、北宋の詩人・蘇軾(苏轼)が詠んだ詞『水調歌頭・明月几时有』に現代の曲をつけたものです。つまり私は宋の時代の蘇軾の詞だと知らないまま、流行歌だと思って聴いていたことになります。

当時、通っていた北京のTLIの先生に意味を尋ねると、「今のあなたには、まだ難しい」と言われました。

それから26年。

60歳になり、もう一度TLIで中国語を学び始めた私に、先生が暗唱の宿題として勧めてくださったのが、なんと蘇軾(苏轼)の『水調歌頭・明月几时有』でした。

26年前に大好きだった流行歌のもとになった詞を、暗唱することになったのです。

この記事では、『明月几时有』の全文・ピンイン・意味とともに、実際に暗唱してみて気づいた声調や発音の難しさ、そして今だから感じられたこの詞の魅力をご紹介します。

TLIの宿題は蘇軾『明月几时有』の暗唱

毎回、暗唱を宿題に出してほしいとお願いしていたので、先生が宿題用の詩を用意してくださったのは、蘇軾の『水調歌頭・明月几时有』の暗唱でした。

最初に聞いたとき、「あ、王菲の『但願人長久』の詞だ」と思い、「明月几时有~♪」と口ずさんだところ先生が「对,对~笑」とにっこり。

26年前は、意味はちんぷんかんぷんなままずっと聴いていた歌の歌詞です。今回は、全文の意味を確かめながら、朗読、そして暗唱することになりました。

それでなくても忘れっぽい私が、1週間で暗記できるのか、はなはだ不安ではありますが、自分から言いだしたので、やるしかありません。

読めることと、暗唱できることは別モノです。1週間の間、何度も録音してはやり直し、頭真っ白で覚えきれなくて、家じゅうの壁に付箋で貼ったり、詩の情景が頭に浮かぶようにAIで漫画を作って見たり…苦肉の策すぎる1週間でした。

下手な鉄砲もなんとかで、少しずつ詞の流れが口になじんでいく感覚がありました。

そして、いよいよ1週間後の授業で、先生の前で暗唱です。

思い起こせば26年前、王菲の『但願人長久』に出会った

私が『明月几时有』に初めて出会ったのは、2000年、中国語を学び始めたころでした。

当時、王菲(フェイ・ウォン)の歌をよく聴いていて、その中でも『但願人長久』の美しいメロディーに魅かれました。歌詞の意味が知りたくてTLIの先生に尋ねたところ、まだ中国語を習い始めたばかりの私には難しかったのでしょう。

「今のあなたには、まだ難しい」

そう言われ、当時は意味を知るのは諦めて、メロディーを楽しんでいましたが、26年経って、同じ詩に再会しました。

当時は「中国語の美しい響き」と受け止めていたのが、今は、これまでのさまざまな出来事や経験と重なって、「人の出会いと別れ」や「離れている人を思う気持ち」しみじみ心に沁みます。

蘇軾が残した『水調歌頭・明月几时有』を、全文・ピンイン・日本語の意味をご紹介させていただきます。

『水調歌頭・明月几时有』全文・ピンイン・意味

【明月几时有】苏轼
【明月几时有】苏轼

『水調歌頭・明月几时有』は、北宋の詩人・蘇軾が1076年の中秋に詠んだ詞です。

みなと
みなと

私は丙午生まれなのですが、丙午や丙辰など、60年に一回めぐってくるので、それを数えていくと、苏轼がこの詩を作った年代も分かるのがすごいなぁと思いました。

月を眺めながら、離れて暮らす弟・子由(蘇轍)を思う気持ちが込められています。

ピンイン・原文・日本語の意味の順にご紹介します。

水調歌頭・明月几时有

Shuǐdiàogētóu · Míngyuè jǐshí yǒu
水调歌头·明月几时有
水調歌頭・明月はいつからあるのだろう

Sū Shì
苏轼
蘇軾(そしょく)

序文

Bǐngchén zhōngqiū, huānyǐn dá dàn, dà zuì, zuò cǐ piān, jiān huái Zǐyóu.
丙辰中秋,欢饮达旦,大醉,作此篇,兼怀子由。
丙辰の年の中秋、夜明けまで楽しく酒を飲み、ひどく酔ってこの詞を作った。同時に弟の子由を懐かしく思う。

前半

Míngyuè jǐshí yǒu?
明月几时有?
明るい月は、いったいいつからあるのだろう。

Bǎ jiǔ wèn qīngtiān.
把酒问青天。
杯を手に、青空に問いかける。

Bù zhī tiānshàng gōngquè,
不知天上宫阙,
天上の宮殿では、

Jīnxī shì hé nián.
今夕是何年。
今宵はいったい何年なのだろう。

Wǒ yù chéng fēng guī qù,
我欲乘风归去,
私は風に乗って天上へ帰りたいと思うけれど、

Yòu kǒng qiónglóu yùyǔ,
又恐琼楼玉宇,
美しい玉の楼閣では、

Gāochù bú shèng hán.
高处不胜寒。
高いところの寒さには耐えられないのではないかと心配になる。

Qǐ wǔ nòng qīngyǐng,
起舞弄清影,
立ち上がって舞い、自分の清らかな影と戯れる。

Hé sì zài rénjiān.
何似在人间。
それなら、この人間の世界にいるほうがよいのではないか。

後半

Zhuǎn zhūgé, dī qǐhù, zhào wúmián.
转朱阁,低绮户,照无眠。
月は朱塗りの楼閣をめぐり、美しい窓辺に低く差し込み、眠れぬ人を照らしている。

Bù yīng yǒu hèn,
不应有恨,
月には、人を恨む気持ちなどないはずなのに、

Hé shì cháng xiàng bié shí yuán?
何事长向别时圆?
なぜ人が別れているときに限って、いつも丸く満ちるのだろう。

Rén yǒu bēihuān líhé,
人有悲欢离合,
人には、喜びと悲しみ、出会いと別れがある。

Yuè yǒu yīnqíng yuánquē,
月有阴晴圆缺,
月にも、晴れ曇りがあり、満ちたり欠けたりすることがある。

Cǐ shì gǔ nán quán.
此事古难全。
すべてが完全に満たされることは、昔から難しいものだ。

Dàn yuàn rén chángjiǔ,
但愿人长久,
ただ願うのは、大切な人がいつまでも健やかであること。

Qiānlǐ gòng chánjuān.
千里共婵娟。
遠く離れていても、ともにこの美しい月を眺められますように。

『明月几时有』で覚えておきたい言葉

『明月几时有』には、現代中国語とは少し違う表現や、古典ならではの美しい言葉が出てきます。暗唱しながら、私が特に気になった言葉をいくつか挙げてみます。

不胜寒(bù shèng hán)
「寒さに耐えられない」という意味です。「胜」には、ここでは「耐える」という意味があります。

みなと
みなと

天の上の実際の高いところは寒いという意味と、出世や事業に成功して高い位置につくと大変だ。という両方の意味があると、先生が解説してくださいました。

低绮户(dī qǐhù)
「绮户」は美しい装飾のある窓。「低」は、月の光が低く差し込んで窓辺を照らす様子を表しています。

长向(cháng xiàng)
「いつも~に、~のときに」という意味。「何事长向别时圆?」で、「なぜ別れているときに限って、いつも月は丸いのだろう」となります。

古难全(gǔ nán quán)
「昔から、すべてが完全にそろうことは難しい」。人にも月にも欠けるときがある、という前の一節を受けています。

婵娟(chánjuān)
もともと美しい姿を表す言葉ですが、ここでは「美しい月」を指します。

なかでも私が好きなのは、

但愿人长久,千里共婵娟。

遠く離れていても、大切な人の幸せを願い、同じ月を眺める。

1000年近く前に詠まれた言葉なのに、今の私たちにもすっと伝わってくるところが、この詞の魅力だと思います。

4コマ漫画で見る『明月几时有』

字だけでは覚えきれなかったので、『明月几时有』の情景をAIで4コマ漫画にしてみました。イメージ湧きますでしょうか。

『明月几时有』の情景を漫画にしてみた
『明月几时有』の情景を漫画にしてみた

『明月几时有』の暗唱に挑戦

レッスンの際、先生の朗読をスマホで録音させていただきました。その録音を聞きつつ、自分の声も録音しながら練習したのですが、言い間違える、発音が変、次の句が出てこない……。

気がつけば、ボイスレコーダーには「忘れた」「忘れた2」「歌うしかない(気分転換に歌ってみました)」と、失敗作がずらりと並びました。

ボイスレコーダーにたまっていく失敗作たち
ボイスレコーダーにどんどん失敗作が残る

途中経過も録音して記録

録音ボタンを押すと、緊張が走るせいか、急に頭の中が真っ白になる瞬間がありました。

恥をさらしますが、失敗音声も残します。発音もベタですし、一番最初の頃なので、ちょっとフェイウォンさんのメロディーが入っちゃってます汗。再生速度1.5倍速くらいで流してください…。

『明月几时有』1回目録音。次の言葉が思い出せない

年齢のせいにはしたくありませんが、とにかく覚えられなかったのと、特に、最初はどうしても記憶に刻まれている歌のメロディーに引っ張られて、これは一回歌うしかないよね~と録音したのはこちら。かなり音痴でこれも生き恥の部類ですが、さらします。

このメロディーが頭の中でグルグル

一度に根を詰めず、短時間を日に何回も意識しました。何度も間違え、頭の中真っ白を繰り返しながら、少しずつ文章のリズムや言葉のつながりが、口になじんでいくのを感じました。

そして迎えた次の授業。きゃ~、先生の目の前で暗唱です。

先生の前で暗唱して分かったこと

よせばいいのに自分をさらに追い込もうと思い、先生の前での暗唱もスマホで録音させていただきました。録音ボタンを押した途端、緊張MAX。なぜ私は自分で自分を追い込んでいるのか意味不明です。

結果、途中詰まりながら、なんとか最後まで暗唱することができました。

『明月几时有』先生の前でドキドキの暗唱

ただし、録音を聞いてみると、家で練習していたときより発音がずいぶん平板になっています。かなりベタな発音です汗。これが現実ですね…。

先生はレッスン前に私が何度も暗唱しているのを廊下越しに聞いて下さっていたようで、ちゃんと暗唱できていたの知ってるからね。と励ましてくださいました。くぅ~涙。

そして、いくつか発音を直していただきました。

「兼」の声調を間違えて覚えていた

まずは序文の、

兼怀子由

の「兼」。

私はこれを、第4声で発音していました。

正しくは、

jiān(第1声)

です。

これは緊張して間違えたのではなく、最初から間違って覚えていたもの。

一人で練習していたら、そのまま覚え続けていたかもしれません。

「阴晴」が「清影」に

もう一つは、

月有阴晴圆缺

の「阴晴(yīnqíng)」。

緊張して、ここを「清影(qīngyǐng)」と言い間違えてしまいました。

「清影」も少し前の、

起舞弄清影

に出てくる言葉です。

覚えている言葉同士が、頭の中で入れ替わってしまったようです。

「高处」の「处」が「去」のように聞こえる

そして、もう一つ先生から指摘されたのが「u」の発音でした。

私はときどき「u」の音が「ü」に近くなってしまうようです。

特に、

高处(gāochù)

の「处」が「去(qù)」のように聞こえていました。

先生からは、「u」の音をもっとしっかり出すようにとアドバイスをいただきました。

自分では気づかない癖や、間違って覚えている発音があって、今回の暗唱で、それを先生に見つけてもらえたことも大きな収穫でした。

そして何より、26年前には意味さえ十分に分からなかった『明月几时有』を、60歳になった今、最後まで自分の声で暗唱できたことに感動です。

自己採点すると60点くらいですが、プチ達成感があってすごく楽しい時間でした。

まとめ

仲秋の季節には月餅を食べよう
仲秋の季節には月餅を食べよう

26年前、王菲の『但願人長久』の美しい歌声に魅かれていた私は、歌詞の意味をほとんど理解できませんでした。

あれから中国語を学び続け、60歳になって再びTLIへ。

そこで偶然、暗唱の宿題として『明月几时有』に再会しました。

若いころは、意味が取れなかったこの詞ですが、今は、一つひとつの言葉の意味を確かめ、声調に苦戦しながら、自分の声で暗唱しています。

そして今回、特に心に残ったのがこの一節です。

人有悲欢离合,月有阴晴圆缺,此事古难全。
(人には喜びや悲しみ、出会いと別れがあり、月にも満ち欠けがある。すべてが完全であることは、昔から難しい。)

26年前の私が、意味自体を理解できたとしても、今と同じようには味わえなかったと思います。

中国語を長く続けてきたから分かることと、年月を重ねたから分かるようになったこと。その両方を噛みしめた暗唱の宿題でした。

但愿人长久,千里共婵娟。

遠く離れていても、大切な人が健やかでありますように。

そして、同じ美しい月を眺められますように。

みなと
みなと

この記事を書いているのが9月で、間もなく仲秋の名月です。覚えた詩を実際に色んな場面で使いたくてうずうずしています。

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