今回、TLIの中国語マンツーマンレッスンで暗唱の宿題に出されたのは、南唐最後の皇帝・李煜(Lǐ Yù)の『虞美人・春花秋月何时了』。前回に引き続き、李煜の作品です。
最後のフレーズ 「问君能有几多愁?恰似一江春水向东流(私の悲しみがどれほど深いかと問われれば、それは東へ流れ続ける春の大河のようなもの)」は、非常によく知られた名句で、私もどこかで見たような記憶があります。
しかも、李煜がこの詞を詠んだことで皇帝の怒りを買い、毒殺されてしまったという逸話も残されている、悲しい歴史が秘められた作品です。
この記事では、李煜『虞美人』の全文・ピンイン・日本語の意味と、印象的な表現、そして李煜の最期にまつわるエピソードをご紹介します。
李煜『虞美人・春花秋月何时了』とは
《虞美人・春花秋月何时了》は、五代十国時代の南唐最後の皇帝・李煜(937~978年)が詠んだ「詞(cí)」です。
「虞美人(Yú Měi Rén)」は作品の題ではなく、旋律の形式を表す「詞牌(cí pái)」の名前で、先週の暗唱課題の記事でご紹介した『相見歓』と同じです。
ちなみに、これまで暗唱してきた詞牌と作品名は以下のとおりです。
| 詞牌名 | 今回までに暗唱した作品 |
|---|---|
| 水调歌头 | 苏轼《明月几时有》 |
| 一剪梅 | 李清照《红藕香残玉簟秋》 |
| 相见欢 | 李煜《无言独上西楼》 |
| 虞美人 | 李煜《春花秋月何时了》 |
作者の李煜は、文学・音楽・書画に優れた才能を発揮した人物です。
しかし、皇帝としては宋の侵攻を防ぐことができず、975年に南唐は滅亡しました。
李煜は宋の都・汴京(Biànjīng/現在の河南省開封市)へ連行され、自由を奪われた生活を送ることになります。
『虞美人』は、そのような境遇の中で、978年ごろに作られたとされる作品です。
自然は何事もなかったかのように季節を繰り返しますが、自分だけは、すべてを失ったまま取り残されている…。その悲しみを詠んだのが『虞美人』です。
4コマ漫画で見る『虞美人』の情景
今回も、AIで4コマ漫画を作ってみました。

相棒のAIは、初めの「春花」からイメージを膨らませたようで、桜吹雪にたたずむ美青年・李煜、そして絢爛豪華な宮殿の画像を出してきましたが、私のイメージとはかけ離れていたので、作り直すこと6回。収拾がつかなくなってきたので、これで良しとしました。

李煜『虞美人』全文・ピンイン・意味
李煜《虞美人・春花秋月何时了》の原文・ピンイン・日本語の意味をご紹介します。
《虞美人・春花秋月何时了》李煜
Yú Měi Rén · Chūn Huā Qiū Yuè Hé Shí Liǎo Lǐ Yù
春花秋月何时了?往事知多少。
Chūn huā qiū yuè hé shí liǎo? Wǎng shì zhī duō shǎo.
春の花、秋の月。季節の巡りは、いったいいつ終わるか?
過ぎ去った日々の思い出は、数えきれないほどある
小楼昨夜又东风,故国不堪回首月明中。
Xiǎo lóu zuó yè yòu dōng fēng, gù guó bù kān huí shǒu yuè míng zhōng.
昨夜、小さな楼閣にまた春風が吹いた。
月が明るく照らす中、失われた故国を振り返るのは耐えられない。
雕栏玉砌应犹在,只是朱颜改。
Diāo lán yù qì yīng yóu zài, zhǐ shì zhū yán gǎi.
(宮殿の)美しい彫刻が施された欄干や、玉のように立派な石段は、今もそのままだろう。
ただ、そこに暮らしていた人々の面影は、すっかり変わってしまっただろう。
问君能有几多愁?恰似一江春水向东流。
Wèn jūn néng yǒu jǐ duō chóu? Qià sì yì jiāng chūn shuǐ xiàng dōng liú.
私の心には、どれほどの悲しみがあるのか。
それは、東へ向かって絶えることなく流れ続ける、春の大河のようだ。

先生から「朱顔改」の部分は「赤く塗られた柱が朱色へと色あせる」というイメージもあると伺い、確かに建物は残っていても色あせるイメージだと思いました。
暗唱するなら、この3か所を味わいたい
今回の『虞美人』は、前回の『相見歓』よりも長い56文字。
亡国の皇帝・李煜の心情を思い浮かべながら暗唱すると、意味が深く感じられます。
特に印象に残った3か所をご紹介します。
① 春花秋月何时了?往事知多少。
春花秋月何时了?往事知多少。
Chūn huā qiū yuè hé shí liǎo? Wǎng shì zhī duō shǎo.
「春花秋月」は、春の花と秋の月。
美しい自然や、移り変わる季節を表す言葉です。
「何时了(hé shí liǎo)」の「了」は、ここでは「終わる」という意味です。
春の花が咲き、秋には美しい月が昇る。
普通なら、季節の移り変わりを愛でて味わうところですが、
国を失った李煜にとって、季節が巡るたびに、二度と戻ることのできない日々が思い起こされ、
かえって悲しみが深くなる…という、冒頭から、なんとも切ない情景です。
② 小楼昨夜又东风,故国不堪回首月明中。
小楼昨夜又东风,故国不堪回首月明中。
Xiǎo lóu zuó yè yòu dōng fēng, gù guó bù kān huí shǒu yuè míng zhōng.
ここで印象的なのは「又东风(yòu dōng fēng)」です。
「东风」は東から吹く風ですが、古典文学では春の到来を感じさせる表現として使われます。
「又」が入ることで、今年もまた春がやってきた、という時間の流れが感じられます。
そして、
不堪回首(bù kān huí shǒu)
「不堪」は耐えられない、「回首」は振り返ることです。
つまり、「過去を振り返るのがつらくて耐えられない」という意味になります。
③ 问君能有几多愁?恰似一江春水向东流。
问君能有几多愁?恰似一江春水向东流。
Wèn jūn néng yǒu jǐ duō chóu? Qià sì yì jiāng chūn shuǐ xiàng dōng liú.
有名な最後の一節です。
中国古典文学を代表する名句のひとつとして、現在でも広く親しまれています。
「几多(jǐ duō)」は、どれほど、どれくらい。
「愁(chóu)」は、悲しみや憂いです。
「恰似(qià sì)」には、ちょうど~のようだ、まるで~のようだ、という意味があります。
そして「一江春水」は、川いっぱいに流れる春の水。
ここでは、絶えることなく流れ続ける大河に、李煜の悲しみを重ねています。

先生の解説では「欲加之罪,何患无辞(yù jiā zhī zuì,hé huàn wú cí)」(罪を着せようと思えばいくらでも理由はある)とこじつけられた結果、李煜は粛清されたとのお話でした。日本の歴史でもあるあるエピソードですね。
『虞美人』は李煜の命を奪った詞? 皇帝の怒りを買った悲劇
さて、今回の『虞美人』には、作品そのものと同じくらい有名なエピソードがあります。
それは、この詞を作ったことがきっかけとなって、李煜が宋の皇帝に毒殺されたというお話です。
南唐最後の皇帝から、宋の囚われ人へ
李煜は南唐の最後の皇帝でした。
しかし975年、宋の軍勢によって都・金陵(現在の南京)が陥落し、南唐は滅亡します。
李煜は宋の都・汴京(現在の河南省・開封)へ連行され、自由を失いました。
それまで暮らしていた華やかな宮殿も、親しんだ人々も、故郷の風景も、すべて遠い存在となってしまったのです。

前回暗唱した『相見歓・無言独上西楼』にも、囚われの身となった李煜の孤独が描かれていました。
そして、今回の『虞美人』では、失った国への思いが、さらに率直な言葉で表現されています。
李煜の誕生日に起こった悲劇
宋代の王銍(おうしつ)が著した『黙記』には、李煜の最期にまつわる逸話が残されています。
それによると、978年の七夕の夜、李煜はかつての宮廷の楽人たちに音楽を奏でさせていました。
旧暦7月7日は、李煜の誕生日でもあったと伝わっています。
その音楽が外まで聞こえたことを知り、宋の太宗は激怒。
さらに『虞美人』の中にある、失われた故国を懐かしむ言葉が太宗に伝わったことで、李煜は災いに見舞われたというのです。
特に問題視されたと伝わるのが、
「小楼昨夜又东风」
そして、
「一江春水向东流」
という表現でした。
美しい春風や川の流れを詠んだ言葉ですが、そこには、失われた南唐への深い思いが込められています。
宋の皇帝にとっては、単なる懐古の詩ではなく、滅ぼした国への未練や、かつての皇帝としての思いが消えていない証拠に映ったのかもしれません。
『虞美人』が絶命詞と呼ばれる理由
李煜は978年、41歳で亡くなりました。
その死については、宋の太宗の命令で毒を盛られたという説が広く伝わっています。
『虞美人』は、その最期と結びつけられてきたことから「絶命詞」とも呼ばれています。
皇帝としては国を守れなかった李煜ですが、詩人としての才能は、1000年以上を経た今も高く評価されています。

残念ながら公式動画は探しきれなかったのですが、台湾四天王のニッキー・ウー(呉奇隆)さんが李煜を演じた2007年ドラマ『問君能有幾多愁』の一部でしたら、ネット上でちらほら見かけます。「呉奇隆 问君能有几多愁 电视剧」あたりで検索してみていただくと、詩の雰囲気が味わえます。
暗唱練習の途中経過
今回も、TLIのレッスンに向けて、スマホのボイスメモを使いながら暗唱を練習しました。
前回の宿題『相见欢・无言独上西楼』と同様に響きが美しいのと、聞いたことのあるフレーズだったので、暗記自体はそう難しくはなかったです。
ですが、録音した自分の声を聞くと、やっぱり一本調子。先生の朗読のようには絶対ムリ。
いざ、TLIの暗唱発表!
今回もTLIの先生の前で暗唱発表です。授業の初めにこれをやっつけてしまえば、あとはリラックスして授業を楽しめるので、ここが最大瞬間風速です。

今回も隣の教室の声が耳に入ってしまって、私の先生以外、誰も私の暗唱など聞いてはいないのですが、ハッと意識が飛ぶとスコーンと抜けます笑
暗唱して気づいたこと&発音で注意されたこと
ただの言い訳になってしまいますが、比較的早くに暗唱ができるようになったものは、次の段階として「朗々と暗唱したい」という無謀な気持ちが沸いてしまい、そういう場合はだいたい先生から発音のご指摘をいただきます。トホホ。
実際、録音した自分の声を聞くと、あらま…全然できてないやん。恥ずかしい…と思うのですが、暗唱練習している最中は、一種の妙なゾーンに入っているので、できているような錯覚に陥ってしまいます。
今回は、先生から「春(chūn)」「秋(qiū)」「君(jūn)」の発音についてアドバイスをいただきました。
中国語のピンインには、実際の音を一部省略して表記する決まりがあり、
- 春(chūn)→ 母音部分は uen
- 秋(qiū)→ 母音部分は iou
- 君(jūn)→ 母音部分は üen
と、実際には発音するのですが、意識せずに発音すると、途中の母音が抜け落ちてしまいがちになっていました。
頭では分かっているのに、録音を聞き直すと、あらま……全然できてないやん…でした。

お恥ずかしいことに、自分の録音音声を聞くと「Chū(e)n」ではなく「Chūn」、「jū(e)n」ではなく「jūn」と言っちゃってます。自分では言えてるつもりになっているので「üen」ともっと意識しないとなりません。
口を大きく開く発音から順番に並べると「a>o>e>i>u>ü」となるのですが、これを常に意識して、流れるように発音するように。とも指導いただきました。
今回の自己採点は、60点といったところでしょうか。険しい道のりが続きます。
まとめ
今回の李煜『虞美人・春花秋月何时了』は、美しい言葉の中に、国を失った皇帝の深い悲しみが込められた作品でした。
特に印象深いのは最後の一節の
问君能有几多愁?恰似一江春水向东流。
目には見えない悲しみを、東へ流れ続ける大河にたとえた壮大な表現です。
この詞が宋の皇帝の怒りを買い、李煜の最期につながったと伝えられていることを知ると、感慨深いものがあります。
皇帝としての李煜は悲劇で終わりますが、李煜の言葉は1000年以上の時を超えて、今なお人々の心を動かし続けています。
前回の『相見歓』と今回の『虞美人』。
李煜の作品を続けて暗唱したことで、亡国の皇帝の「愁」をしみじみ味わいました。

そして、毎回新しい詩の暗唱のあとは、これまで覚えたのを最初から先生と1フレーズずつ全部言い合う復習タイムもあって、脳活にもってこいの中国語レッスンです。
私が通っているTLIについては、実際に受講した体験をこちらでまとめています。
▶【TLI体験記】東京校でレッスン開始!中国語歴25年以上の私が初回授業で感じたこと



